占いはスピリチュアルか

   

流行のスピリチュアル

 最近“スピリチュアル”という言葉が流行っています。占術の技法?として占いに活用している方も多いですね。 ここ数年、占い界に急激に勢力を広めてきているなかに“霊感占い”の類があります。 一昔前の“水晶占い”もそうです。 水晶にあなたの未来が見えてくる…、というものですが、 最近では“スピリチュアル○○”など古来からある占いからも派生的に出現してきています。 占いの中でも卜術(ぼくじゅつ)といわれる、タロットやダイス(サイコロ)、 ホラリー占星術などはスピリチュアルな要素が強いものですが、 それは占い師に相談した瞬間の時間やインスピレーションを多用するからといえましょう。 しかし生年月日などから占っていく命術は卜術ほどにインスピレーションを頼ったりはしません。

霊感と占いについて

 いわゆる“霊感占い”の類は、命術・相術・卜術のいずれにも分類できないもので、 占い師のインスピレーションのみ、あるいは殆どをインスピレーションに頼っている占法?です。 個人的には“霊感”は占いの類に入るものなのかどうなのか疑問に思いますし、 占い師というより霊能者といった感が強く、古来からある恐山のイタコなどの“口寄せ”と同じようなものといえるのかもしれません。
 彼らの職場を荒らすつもりはありませんが、“霊感”は特徴として目先のことがよく当たります。 ただ“目先のこと・身近なこと”に限っての傾向が強いように思えます。
それから“あてもの”と呼ばれる、なくした指輪を見つけてほしい、愛猫がいなくなったので探してほしい、 いま彼は何を考えているのか、などは比較的得意分野になります。 しかし遠い未来や大きなこと、具体的には数年後とか、人生全般についてや、会社経営のことや、 国家経済、政治といったものは全くといっていいほどトンチンカンになりやすいものです。

当たる事と正しい事は別問題

 占い師をやっているとどうしてもインスピレーションが研ぎ澄まされてくるものですが、 それだけを鵜呑みにして頼りすぎると危険な目にあってきますので注意が必要です。 そのインスピレーションの功罪もよく知らず、また学ぼうとせずに利用することは、占い師としての怠りだと私は思います。
 詳しい話は省きますが、普通の人であれば霊的なものに対しあまり深く関わらないほうが安全だと思っています。 というのも、その類の話は殆ど根拠となるものがないから、確認できないからです。 霊能者に「なぜ?」と問いかけても「私には見えた」「私にはそう感じた」「神様からのメッセージがあった」などばかりですね。 でもなぜそれが正しいといえるのか? 「以前、現実的にその通りになった」と答える人もいますが、 “当たる”ことと“正しい”ことは別問題です。 霊感やインスピレーション、占いは“当たる”から“正しい”と短絡的に思い込みしやすいですが、 最も気を付ける部分でもあります。
 自分の第六感で分ったこと、聞こえたこと、見えたこと、感じたこと、閃いたことの全てを正しいと解釈してしまう、 霊能者の犯す最も大きな間違いがここにあります。

インスピレーションに惑わされない

 だいぶ話はずれましたが、これらのことを踏まえて占いの分野でも然りですが“霊能力”の類には気をつけるべきであり、 占う側も占われる側も不用意に首を突っ込まないほうがいいと私自身思っています。
 直観力が冴えてくると何かと有頂天になりやすく、知らず知らずのうちに「天狗」になります。 そのような人は気を付けていても増長間に侵され、言葉使いが荒くなり、人を見下すような態度をとるようになります。
 直観力があっても霊感があっても「占い師」としての評価は別物です。 そのような根拠が曖昧な力によって占いの鑑定力は磨かれることはまずないと思います。
ただ前述した通り、占いにはスピリチュアルな要素は含まれており、全否定するものではありません。 例えば西洋占星術でホロスコープを鑑定していると人によって土星の位置が非常に気になったり、 ある時期の星の配置が気になったりとピンと来るものがあったりもします。 私自身はインスピレーションがあってもそのまま伝えず必ずホロスコープでの星の配置を見たり意味を考えたりと、 占法上で解釈し照らし合わせてた上で回答するように心がけています。
それが目に見えぬ世界に惑わされない一番手っ取り早い方法だからです。

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credit:NASA

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