開運とは、改運から始まる

   

運命と宿命

 またこれも運命なのかと嘆き、諦めてしまう人もいますがそれではいけません。
そもそも運命と宿命は違います。運命は変えられます。
 宿命とは、日本人に生まれた、この家庭に生まれた、男に生まれた、というものであります。 これらは努力で変えようがありません(最近は男から女へ、女から男へ変えてしまう人もいますが…)。 “命”が“宿る”と書く様に、宿命とは生まれてくると同時に天から与えられ身に宿った“命(めい)”のことを指します。
 運命とは、宿命とは違いある程度は努力で改善もできるものです。 金運や結婚運、仕事運など本人の努力や考え方、受け止め方で良くも悪くもできるものです。 運命とは“命”を“運ぶ”と書く様に、天から与えられた“命(めい)”の運び方・扱い方・捉え方で自分自身の運命が変わってくるのです。 また運勢とは、“運”の“勢い”を指します。 例え良い運命を持っていようとも、その運に勢いがなかったらナカナカ開運はしないでしょう。

開運したいなら改運をする

 誰だって豊かで幸せな人生を送りたいと願います。 “運”の“勢い”をつけ、命(めい)の運び方・扱い方・捉え方を改めることが開運方法の一つです。 持っている運を変える、改めるというところから、開運は“改運”と記すほうがより正しいかも知れません。
 占いとは当たっている当たっていない、という二択に価値があるのではなく、 自身の特性を知り運命を改善するところに本当の価値があります。 占いの鑑定結果を聞いて一喜一憂するだけのものではなく、 積極的に活用して運命を改善し運のいい人もより良くさらなる飛躍を目指していただけたなら、 もっと今以上に前向きに人生を過ごせるかと思います。

占いは何のためにあるのか

 占いとは天地自然の働きを観、人の命運のリズムを観、天の意を伺い、自己の修養結びつけるものです。 占いの本来あるべき姿とは個人の一身上の幸せを追求するものではありません。 確かに祐気や吉方取り、水晶玉を埋める埋金法などによって身に降りかかる災いを大難を小難へ、 そして幸せへと変えることができるかもしれません。 でもそこで終わってしまってはいけないのです。
 占いに依存する人は占い師にとってはある種のありがたい存在です。 占い師にとってリピート客が増えることは売上の安定に繋がります。 但しそうやって占いを頼ってばかりいる人は、人としては概して問題児であることが多い。 例え困難や多少の悩みがあっても、勇猛果敢に生き抜く精神力と智恵を養わなければいけません。 占いがなければ生きていけない…、という人は決して心身健全とはいえないでしょう。

人間修養

ホロスコープや盤から人の命運を読み取り、己の欠点や弱点を見つけ、 それを修養に向けることが大切なのだと思います。 単なる願望成就の手段として、占いを使うのは邪道だという事です。 占いは学べば学ぶほど、的中する面白さがあります。 しかしその面白さに目が眩み、本来の人の道を誤ってしまう可能性があるのです。 その占いの落とし穴に、占い師自ら闇を作り落とし穴を大きくし、自らも穴にはまってしまうものなのです。
 もちろん正しい真心のある、人の道を知っている占い師も多かれ少なかれいます。 人生の大きな節目、二進も三進もいかなくなったときに占いで人生の大局をみることはいいことだと思います。 でもそのことを知らぬ占い師や、 開運や願望成就のみにウェイトを置く占い師は相手の人間修養と生活の知恵を学ぶチャンスを摘んでしまう恐れがあるのです。 また己の開運と願望成就のみを求める人や占い依存の人というのも、 自ら人生の修養や生活の知恵を学ぶがチャンスを失い、ワンランク上の人生への脱皮を逃しているのです。 まずはそのことに気付いてほしいものです。

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credit:NASA

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